研究についてRESEARCH TOPICS

軟磁性体の常識を破る

鉄損が低く飽和磁束密度が高い材料は、市場からは求められてきておりますが長い間実現されてきておりません。軟磁性材料開発において鉄損と飽和磁束密度(Bs)は相反する要素であり、鉄損を小さくするとBsも下がり、Bsを上げようとすれば、鉄損は大きくなります。

透磁率が高く、鉄損が低い軟磁性材料には、鉄酸化物系のフェライト、コバルト(Co)基アモルファス、ニッケルー鉄(Ni-Fe)などが知られておりますが、これらの材料は総じてBsが極めて高い純鉄と比較して数分の1程度のBsしか有しておりません。逆にBsが高いFeやケイ素鋼は、透磁率が高いCo基アモルファスなどと比較して透磁率が1桁以上低下します。

本研究における鉄基の超低損失ナノ結晶軟磁性材料は、従来の高透磁率材料並みの低鉄損を持ちながら、ケイ素鋼並みの高いBsを持つという、これまでの軟磁性材料の常識を覆す性能を備える点で画期的な材料です。

軟磁性体の常識を破る

超低損失ナノ結晶軟磁性材料「NANOMET®

本研究グループが見出した材料は鉄を質量比で93~94%を含む高鉄濃度の材料で、構造は10nm程度のα鉄(α‐Fe)の粒の周りにアモルファス磁性層を持つ高鉄濃度型の超低損失ナノ結晶軟磁性材料です。("NANOMET®")アモルファス磁性層の組成は、Siやホウ素(B)、リン(P)、銅(Cu)など一般的な元素で構成され、レアメタル系は含まないため、材料の高騰によるリスクが小さい理想的な材料です。

低鉄損で高磁束密度を達成する「NANOMET®」は、強磁場を必要とする用途での活躍が期待され、特に大きな貢献が見込まれるのは、送電網に用いる大電流トランスや、モータでの利用です。トランスやモータに今回のナノ結晶材料を適用すれば、鉄損を減らすことによる省エネ化が可能なためです。

トランスやモータのコイルの内側に置くコア材には、1.5T程度の磁束密度を通すことが求められ、このような用途では一般に、ケイ素鋼が使われます。このケイ素鋼と「NANOMET®」で、50Hzの周期で1.5T磁束密度を通したときの鉄損を比較すると、「NANOMET®」の方が、1桁減あるいは数分の1という小さい値を実現できる、他に類をみない高性能なナノ結晶軟磁性材料です。

超低損失ナノ結晶軟磁性材料「NANOMET TM」

自己組織化ナノヘテロアモルファス組織

現在、実用化されている急冷Fe基アモルファス合金やナノ結晶軟磁性合金の前駆体としてのアモルファス合金では、それらの軟磁性実現のためにアモルファス単相構造形成が必須であるため、合金中のFe濃度は78at%以下に制限されてきました。80at%を超える高Fe濃度では、単相のアモルファスは形成されず、液体急冷をしても、数十nmから100nm程度の不均ーなα-Fe結晶粒が入った材料になり高い軟磁性は示しません。

しかし、本研究グループでは、適量のPとCuを含む80at%以上の高Fe濃度合金における自己組織化によるアモルファス構造のヘテロ化、および構成元素間の混合熱やCuP化合物相とα-Fe相の小さな界面エネルギーによる特異な構造に起因したナノ結晶化を見出すことに成功し、ケイ素鋼並みの高Bと優れた軟磁性を兼備した新しいナノ結晶FeSiBPCu合金薄帯を世界で初めて開発しました。この新しいナノ結晶合金においては、最適な熱処理を施すことによりヘテロアモルファス組織中に高密度に分散した3nm以下の径を持つα-Fe粒を核としてナノ結晶が析出し、10~20nm粒径のα-Fe相を主相とし僅かな粒界残留アモルファス相を含む均質な組織が自己組織化されることで極めて優れた軟磁気特性を発現します。

自己組織化ナノヘテロアモルファス組織

鉄損の極小化

電力の総利用量に占めるトランスやモータの鉄損は、国内で消費する総電力の3.4%を占めると言われており、この量は年間335億kWhにも達しております。トランスやモータのケイ素鋼をすべて「NANOMET®」に置き換えることができれば、使用条件にもよりますが、電力損出量を72%減の96億kWhにまで下げることが可能となります。この効果は、火力発電所7基分に相当する値であり、今後の改良により材料を最適化できれば、さらに鉄損を半分以下の40億kWhにまで減らすことが可能だと考えております。

そのため本研究グループでは、
(1)ロスの極小化
(2)ナノ結晶金属薄帯材料の幅広化および実用化を睨んだ量産化共同研究
(3)粉末化や積層化によるバルク化、厚板化などの汎用部材応用プロセス研究

などの研究を強力に推し進め、磁性理論や構造・組織解析によるナノ結晶材料における磁気的交換結合と損失発生メカニズムの解明や、メタロイド元素の最適調整や非平衡状態における原子配位や混合熱の最適設計による新たな材料創製、また新たな超急冷型の粉末製造法や高精度薄帯積層技術を見出し、高い汎用性を持つ超低損失型の鉄基ナノ結晶軟磁性材料を実現することで省エネルギーを中心とした社会貢献を進めてまいります。

鉄損の極小化